はじめに(好きなもの)

私は自分の好きなもの(趣味)に関して若い頃に出会った言葉がいまだ忘れられないでいる。出所は「寺田虎彦全集第」(岩波書店)で、『好きなもの、いちご・コーヒー・花・美人、懐手(ふところ手)して宇宙見物』とある。コーヒー好き且つ科学者らしい、5・7・5調の歌が切っ掛けとなって、その後の人生折々に自分が好きなものを適当に口ずさんでは元歌の替え歌を楽しんだ。つまりサラリーマンとして平日昼間は仕事中心、それ以外の自由な時間には、「スルメ、日本酒、花、美人、懐手してはクラッシク」と謳った。そして退職後は総じて若い時に関心が薄かった「花鳥風月の自然」と接することを好むようになった。その結果今は、『スルメ、日本酒、ネコ、自然、懐手してクラシック』といえそうだ。犬も大好きだがネコは実にマイペースなペットとして愛すべき存在だ。人間が思うようにならないという点で、ネコは犬より“自然”により近い存在のように私には思える。傍に居てくれるだけで心が和む。人間の脳化社会が加速する現代社会で、自然体のネコと暮らせば色々学ぶことも多いものだ。

“懐手”は常用語ではないかもしれないが、要するに人に任せて自分は何もしないことである。隠居老人の特徴の一つであろう。何でもやらねばいけないことをサボってぼんやりとクラシック音楽を聴いていたら人生この上ない快楽である。元々僕は好奇心が強くて他人が趣味で楽しんでいることを自分もやってみたくなる性分だ。その一方である程度分かってきたら、飽きが来るのも結構早いようだ。多趣味といえば聞こえがいいが、その実は夢中になれるモノが続かない。そのような中で『好きなもの、スルメ、日本酒、ネコ、自然、懐手してクラシック』は、(自信はないが)死ぬまで続きそうだ。

英語では、楽しみ(fun)と喜び(joy)を明確に区別して使う。Joyは瞬間的なfunと違って、自分の心の中にまでじっくり浸みこんで対象物と心が一体化して楽しめるものである。“懐手”して聴く音楽にも、読書にも対象物と自分が一体化して正に時間を忘れる喜び(joy)が無尽蔵にある。このコーナーでは、FunもJoyも区別なく「好きなもの…」として書き綴ってみたい。