第01回 倫敦再訪-1

111P1020269心の故郷
写真は2003年に世界遺産に認定された「王立植物園 キューガーデン」である。ロンドン西端ヒースロー空港と、中心ピカデリーサーカスを結ぶ真ん中辺りから少し南に下ったテムズ川を越したところにある。ロンドン南西部にあって、日本からのパックツアーではまず行かない場所である。されどガーデニングが命のイギリス国民が愛してやまない世界遺産庭園なので、もしロンドンに行ってフリーな時間があったら是非訪問されて「イギリス的なるもの」を直に味わっていただきたい。自信を持ってお勧めしたい。
さて、今回の「仏蘭西40日間滞在旅」の目的の一つは「パリに行く前にロンドンへ行って23年前に住んでいた家を訪ねること」だったので、ロンドンに着いた翌朝早速第一の目的遂行を試みた。ロンドン自体には3年間の駐在を終えて帰国した後に、ビジネス出張で幾度か訪れる機会があったが、いずれもトンボ帰りだったので、思い出がいっぱい詰まった昔住んでいたフラットにゆっくり挨拶をする時間もないままに実に23年の無沙汰に及んでいた。不義理なものである。当時住んでいた街は、「Chizwickチズウィック」という。昔住んでいた場所を訪れることは、誰しもが心弾む一方で浦島太郎ではないが、昔から変わってしまっていないかと、とても気に掛かるものである。その点ロンドンは街全体が成熟しきっているとでも言おうか、長年ご無沙汰していた再訪者に対しても、昔と変わらない佇まいで温かく包み込んでくれたのである。そして僕が住んでいたフラットをやっと探し当てて(というのも当時通勤や外出は何時も車を使っていたので、今回のように地下鉄最寄駅から歩いて家を探していたら道に迷う始末であった)、「久闊を叙する」気持ちで対峙した時に、万感迫るものがあって、不覚にも涙が出て来た。3年間の思い出が走馬灯のように去来して、「あー、やっぱり此処を訪ねてきてよかった」と心から感じた。人間の心に残る思い出というものは、経過した時間の長さに比例するものではない。むしろ逆で、たとえ短い時間でも中身の濃さに比例するものである。物理的時間にしてロンドンに住んだのは、これまでの人生の5%にも満たない僅か3年余りである。しかしながらそこでの生活が人生初めての経験ばかりの毎日で、小さな場面までを鮮やかに覚えている。お隣の猫が越境してよく家に遊びに来てくれたので、削り節をあげたらよく食べて、彼女が来るのが待ち遠しかった。写真をたくさん撮って今も大切にしている。3年間住んだ住まいは、僕が入居した当時が新築後3年目と聞いたので、今からもう25年以上経っていることになるが、確りした石造りの立て住まいは全く当時のままであった。瞬時に1/4世紀前の思い出の中にタイムスリップした感動は、ブログ「我が履歴書」コーナーにでも後日記すとして、今回は駐在期間中に精神的に辛くなる度に、幾度も尋ねては癒された「王立植物園キューガーデン」を、ご紹介したい。僕にとってこの一帯は、所謂「心の故郷」と言っても過言ではない。

キューガーデン
今思えば会社のミッションを背負って、一人暮らしの初めての海外駐在ということで、知らず知らず緊張極まる日々を暮らしていたのであろう。職場でも僕が唯一の日本人で英語でスムースにコミュニケーションをとることにも大変心許なかった。そんな僕にとって、週末に庭園まで歩いて行って、人工的でない自然のままの植物がいっぱいの広い園内を散策することは、心身両面にわたって崩しがちな体調を癒すのに必要不可欠な治療法であった。幸いにして上司が近辺に住んでいたので、最初彼に連れられて庭園を訪問時した時から、今後ここには幾度も訪問することになるだろうと直感した。2回目の訪問時には向こう3年間のメンバーシップの取得申請をした。一メンバーとして、こんなに素晴らしいイギリス的植物庭園を末永く維持管理してもらいたい気持ちが強かったからである。だから僕が日本帰国後8年経って、ユネスコが人類の宝として認定したニュースを聞いた時は、心底嬉しくなって、いつの日かキューガーデンを再訪せんことを当時から誓っていたのである。
世界遺産に指定された2003年の頃の僕はイギリス駐在から多大な影響を受けた結果、人生の「朱夏」を終えて「白秋」の人生を歩んでいた最中である。世界遺産指定と同年にGSKを辞めてサラリーマン最後のご奉公となる会社に転職したのは、単に偶々の偶然の一致とばかりと言えないものがある。それは世界遺産に指定された趣旨が、まさに僕がイギリスに感謝している気持ちと重なるものが多々あったので、共感と感動を持ったのである。キューガーデンは単に観て楽しむ観光地とは違う。そこに行く度に「イギリス的なるもの」を感じて心から癒される場所である。そして自然界の植物が人間に与えている大きな恵みを再認識せざるを得ない。自然と人間の関係、ひいては人間の生き方について思索する上で、大きなヒントを与えてくれる「王立植物園」である。ガーデニングを愛する英国の文化は、それはそれは懐が深いものである。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください