第07回 ロワールの古城

P1000569Gare de Saint Piere-des CorpsP1010083P1010133P1010173P1000624
はじめに
パリから150km以上南西に離れたフランス中部をほぼ東西に1,000kmにわたって流れる川が「ロワール川」である。最後は(前回書いたボルドーを流れるガロンヌ川と同じく)大西洋のビスケー湾に流れ出るわけだが、その流域に広がる渓谷には多数の名城が現存して2000年には世界遺産に指定されている。僕はその中央部に位置する“トゥール(Tours)”という町から出る現地仕立ての午前・午後の2コースを乗り継ぐバスツアーに参加して、河畔に散在する古城4か所を巡ることにした。古城巡りに関しては、パリを早朝7時頃に出発して途中ランチを摂りながらロワール河畔の古城を3箇所を内覧して最後は午後8時頃にパリに戻ってくるという、かなり強行軍の日帰り日本語ガイド・バスツアーがある。世界遺産に指定される前に(当時はリュモージュ焼き工房に寄った記憶があるが)僕はそのバスツアーを利用したことがある。パリ発日帰りバスツアーでは現地で3か所の城を訪れるのが精一杯かもしれない。まあ参加費用(€160≒\22,000 昼食込。2015.8月時点)は人其々が評価すればいいが、眠くなったら途中居眠りも出来るし、何よりも日本語で城の歴史やエピソードを聴きながら、快適に、まるで王侯気分でロワール古城巡りを堪能できるツアーで、初めて観るロワールの古城に感銘を受けた。
当然歴史上の本物フランス王侯貴族たちはと言えば、パリを離れてその風光明媚なロワール渓谷に相応しい優雅且つ壮大な城を随分古い時代から競って建てたわけだが、僕もパリに滞在中に再度古城群を訪ねて当時の王侯たちの気分になり切って新たな感動を味わいたくなった。しかし66歳の今回の僕は先ず、バスよりTGVのスピードに頼んで、現地で一つでも多くの名城を観たかった。また現地仕立てのバスだと、色々な(一見敬遠したくなるような変な人も含めて)外国人とも知り合えるかもしれない。例の「大脳は決まりきったことが嫌いである」という誘惑である。そして3番目には、何よりも古城散策で「外国一人想い」でぼんやりとした時間を過ごしたかった。一人勝手な異国の地での感傷に浸るにしても、日本語ツアーよりも外国人が多そうな現地発のツアーに参加する方が、適度な孤独感も増えそうだと想定したのであった。

緊急事態
まあそんなことを期待してトゥールに降り立ったわけだが、僕の思い立ち予測の甘さが思わぬところで露呈して、僕はもとより周囲の人にもハラハラさせてしまったのだが、最終的にはそれが異国の人々の「人情」に救われて事なきを得たという話である。
当日朝の5時起床は当然のこととして、帰りの列車に間に合うのがギリギリかもしれないという不安は端からあった。パリ・モンパルナス駅のデスクで帰路のTGVを予約した際、帰りのTGVをもう1本遅らすとアパートに帰宅するのが10時半ごろになって、夕食自炊を旨とする今回の滞在方針にたがうことになるので、エイヤーと言う感じが無くもなくトゥール日帰りTGVチケットを買った。冷静に思えば深夜に近所のマックででも食べればいいのに僕の頭も柔軟性を欠いていた。ところが現実にその不安が(見事に)的中して、ツアー最後の訪問地シャンボール城を出発する段階で、トゥール駅19:31発パリ行きのTGVに乗車することがまず不可能であることが、僕には明確に認識できた。この地がトゥールから、増してパリからは随分離れた渓谷であることは、前回の旅でも分かっていた。それでもシャンボール城からトゥール駅までの俯瞰地図が頭に浮かべられない僕は、乗車変更不可のTGVチケットを見せながら、チケットの新規取り直し、あるいは急ではあるが今晩1泊のトゥールのホテル紹介を頼むつもりで、事情をガイドに説明した。あーあ、こんなことになるなら、確実に王侯気分で旅に連れて行ってくれるパリ発日本語ツアーにしとけば良かったと先ず悔やんだ。正直異国の地で、指定券通りの列車に乗り遅れると言う事態に陥って頭の中はニック状態になっていた。
ところで写真が無いのが残念でならないが、ガイド・ドライバーが精悍な顔つきのみならず、日焼けした肌に筋肉質のスリムな身体の持ち主云々…と書けば、当然誰でも男性を想像するのではなかろうか。日本では、僕の小さい頃の修学旅行はじめ現代の東京観光はとバスも、「運転は男性、ガイドは女性」というのが大方の相場であろうが、フランスには女性の大型バス/トラックの運転手が結構多い。彼女は「ガイドは女性」と言われる女性の利点を十分に活かしながら、大型車のドライバーにおいても男性勝りに見事に、ガイド兼ドライバーとして自分のビジネスにしていた。そんなアラフォーのフランス女性ガイド/ドライバーであったが、実は朝乗車した時から安全確実な運転をしながら流暢で簡潔な英語でテキパキしたガイドを聴いた僕は、「今日はいいガイドに会って運がいいな」と満足していたのである。
そしてTGVに乗り遅れそうで泣き出しそうな僕への彼女の第一声が、「ヒロ(フランス人は“シ”の発音が出来ない)、私に任せなさい!」(Leave it to me !と聞こえた)。所謂ドンマイである。大きなアルトの声が僕には百人力に思えた。
想像してほしい、外国人カップル4組8名の中に一人70歳に近い日本人のショボイ僕が、ぽつんと後部座席で物想いにふけって座っていたのである。彼女が朝乗車した時から何かにつけて僕に気遣いをしてくれて話しかけてきてくれたのは内心嬉しくもあり有難くもあった。日本でも年下の女性に優しくされて不機嫌になる男性はいないだろう。さりとて彼女の気遣いは「異国の一人想い」を邪魔するもでもなく、ほどほどに心地よかったのである。その彼女は僕の事情説明を直ぐに察してくれた。そして城からの復路が結構渋滞すること、および最終帰着地のトゥール駅周辺は普段からとても混むことを僕に説明してくれた彼女が、「やってみなきゃ分からない」とニッコリと僕に微笑んでくれたのである。頼りになるしゃきしゃきした(日本でいえば下町神田の御姐さんという感じかな)アラフォー女性であった。
他の8人の乗客にも僕の事情を説明して、これから多少ぶっ飛ばす了解を取っや後の彼女の運転には正直僕も驚いた。その凄まじさはパトロールがいたら“スピードand追い越し禁止違反”は免れないという感じである。そしてトゥール駅近くになって最後の奥の手を使ってくれたのである。
初めは何をやってるか全く分からなかったが、運転しながら左手に携帯通話を持って、(フランス語がほとんど聞き取れないが)何やらツアー事務所に電話を掛けている様子である。それはトゥール駅から5分後に停車する小さい駅で1人の乗客を先に降ろす了解を取ったのであろう。(乗客の安全を第一とする運転規定ではトゥール発着と決められているはずだ。道順を変えて何か不測の事故でもあったら運航会社の責任である)。当の僕はそのような駅が存在することを、往路TGVに乗っていても気付かなかったし、日本に帰国してからトーマスクックの時刻表と次のWikipedia記事を読んで初めて知った次第である。その実に小さい、でもかなり有名な駅の本当の存在理由や歴史的背景に関しては、以下のWikipediaの説明と写真をコピペさせて頂くので参考にされたい。

『サン・ピエール・デ・コール駅(Gare de Saint-Pierre-des-Corps)。
トゥール近郊にあるフランス国鉄の主要鉄道駅である。当駅は、LGV大西洋線経由でパリのモンパルナス駅からやって来るTGVがボルドーなどトゥール以遠へ向かう場合、トゥール駅で折り返し運転をせずに当駅経由で多くの列車が直通している。トゥール地域を無停車で行く場合は、高速新線をそのまま終端まで行き当駅も経由しない。通過式構造のためトゥール駅を経由するのに比べ時間の節約となっているが、一部のTGVはトゥール駅を経由しボルドーやトゥールーズへ向かう。また、利便性を確保するためトゥール駅とを結ぶシャトル列車も運行され地域交通を担っている。当駅は鉄道の拠点であるため、第二次世界大戦時には爆撃を受け被害を受けた。その後は貨物操車場として機能しLGV大西洋線が開業した1990年には旅客駅が再設置された。TGVの駅としてだけではなく、現在も貨物の中継基地として、またフランス西部で使用されるほとんどの鉄道車両のメンテナンス基地として重要な機能を担っている。』(以上Wikipediaより)

冒頭写真にあるこの小さな駅前ロータリーに我らのマイクロバスが臨時停車をしたら、皆が窓ガラスを空けて僕に手を振ってくれた。色々な言葉がワイワイと聞こえるものの、一体何と言っているかよく分からなかったが、日本流にペコペコする僕を観て「早く階段を登れ!列車が来るぞ!」という仕草である。ただガイドの「自炊頑張れ」。「Have a nice home-dinner !!」だけがよく聞きとれた。ちょっと恥ずかしくもあったが、列車にも間に合って嬉しくてあり、忘れ難いユーモアたっぷりの声援であった。シャンボール城内のショップでお城訪問の記念にと買った家族用のお土産のクッキーは手元に無かったが、遅いTGVで帰るより、トゥールのホテルに泊まるより、そしてお城巡りより、何よりも忘れ難い最上の想い出がトゥール発の城巡りバスで体験できた。パリへ帰る車中で、今回はパリ発日本語ツアーを再選択しなかったお蔭で、各国の人たちの情にも触れることが出来て本当に良かったなと思った。
勿論その夜は狭いパリのアパートで、アパート近くの雑貨屋で買った特上のワインをグラスに注いでから、男勝りのアラフォー女性ガイド/ドライバーと他の8人の外国人カップル同乗者たちに感謝の意を込めて乾杯をしてから深夜まで独り飲み明かした。皆さんあの晩トゥールのホテルで僕のことを思い出してくれたであろうか。

冒頭の写真を簡単に紹介する。(左右2列表示の場合は、上左⇒上右⇒下左…の順である)
①・②番目:大きい駅の写真が朝降りた“トゥール駅”、小さい駅がトゥール駅発5分後に止まる駅“サン・ピエール・デ・コール駅”。バス同乗者9名の声援に送られて階段を駆け上ったら直ぐTGVが入ってくるというタイミングだった。
以下訪ねた順番に紹介する。
③:アンボワーズ城からロワール川にかかる橋を望む。1515年この城に招かれたダ・ヴィンチの墓がある“サン・ユベール教会堂”はこの城に隣接して建てられている。
④:シュノンソー城。ロワールの支流シェール川に掛かるアーチ橋の上に城がある。周囲を手入れが行き届いた庭園が城を取り囲む。僕はロワール渓谷No-1の美しい城だと思う。
⑤:ジュベルニー城。奥には広大な林野が広がっており飼われている100匹の猟犬は週2度狩に出される。公開されている内部のタペストリーや家具類のコレクションは一見の価値がある。
⑥:シャンボール城。古城群の中で最大の広さを誇る。ここを出発したのは18:45分過ぎ。トゥールまで標準運転で1時間かかる。