第10回 PACAのNice

P1010851P1010290P1010306P1010996P1010343P1010346はじめに
タイトルは「バカのナイス」ではなく、「パカのニース」である。PACA(パカ)とは、“プロヴァンス、アルプ、コートダジュール”3つの地方の仏語頭文字を取った、南フランスの6県を統括する地域圏(レジオンRegion)の略称である。頭文字を取った略称にしないと、落語の“寿限無”ではないが大変長い行政上の名前になるので、パカと2音に縮めたのであろう。日本に居ては、パカの名を見聞することがほとんどない。僕もTGVを終点ニースで降りた時に、向いのホームに停車している普通列車の動力付き機関車ボディー部分に書かれている“Region PACA”を見つけた。実はマルセイユ駅構内でも見つけたのだが、その意味が判らないままとりあえず写真に収め、深夜に帰宅して何時もの行事であるワイングラスを傾けたのである。そして日本から持参したiPadで、“PACA.南仏”と入力検索して初めてその意味を知った。(PACA地域圏には6県があって、マルセイユを首府とする。因みにパリが“イル・ド・フランス地域圏”の首府である)。
南仏PACA地域圏の南部は、ギリシャ・ローマ時代以来色々な歴史が展開した主舞台である地中海に面していおり、また内陸部には其々が長い歴史を蓄えた雰囲気ある街が沢山ある。僕にとっては“世界中で一番住みたい地域”と言っても過言ではない。そんなわけで今回のニースへの旅で、Region PACAを3回(Provenceのアヴィニョンとマルセイユ、Cote d’ Azurのニース)も訪ねたことになる。20年前にもニースとその周辺およびコルシカ島を5日間ほど巡ったことがあるのに、今回もニースに行きたくなった理由が3つある。一つは小高い城址公園に登ってニースの街とコートダジュールを一望すること、第二はニース市民の日常市場を歩くこと、そして三番目が、フランス国内のTGVで出来る限り長く乗り続けていたいことである。何れも前回には実現出来なかったことであるが、なにしろ日帰り旅なので3番目を叶えてニースの街に行けても、現地に2時間しか滞在できないことになる。最初の2点を実現するには、相当急ぎ足で街中を移動しなければならないだろうと覚悟した。体力が心配である。
それにしてもPACA地域圏の中でパリから一番遠くに位置するのが、Cote d’ Azur(正しい仏スペルではないが紺碧海岸)のニースである。その東先にモナコ公国があって更に東に進めばもうイタリア、即ちイタリア語で海岸を意味する“リビエラ”一帯である。パリ・リヨン駅から片道5時間半掛かるニースは、イタリア西部海岸に隣接していた。
そもそも移動だけの旅ならばともかく、往復11時間(日本では東京~博多に相当する)、観光が2時間という日帰りの旅は、常識では考えられない。それがまさか66歳にして、しかも外国で実現できたのである。改めて己の健康と今回の旅の実現に協力してくれた家族に心から感謝をしている。
思えば小学生の頃から分厚いJTBの時刻表を繰っては、頭の中で日本中を仮想旅行して楽しんでいた。そして主人公の妻が病床で時刻表を駆使して殺人トリックを考えるという、松本清張の「点と線」を中学生の後半に読んでからは、益々「時刻表の読書趣味」にのめり込んで行った。学校の地理社会科の授業も大好きだったが、時刻表上で想像の旅をすることのほうが100倍も愉しかった。そんな“お宅な鉄男少年”が、66歳にして「世界で一番早いTGVに一番長い時間乗れた」のだから、今回も極めてご満悦な日帰り旅行だった。
(余談)
1.「点と線」には時刻表を駆使した色々な乗り物が、犯罪のトリック作りとして登場するが、その一つが東京~博多1,180kmを結ぶ、寝台特急「あさかぜ」である。小説が書かれた頃は17時間半程度掛かったとある。平均時速は67.5km/hである。僕も大学生の帰省時には「さくら」を使ったものである。それが現代では新幹線「のぞみ」で4時間53分で博多まで行ける。平均時速は200km/h。当時の在来線寝台特急「あさかぜ」の約3倍もスピードアップしたことになる。日本はこの半世紀余りに、高速鉄道技術の目覚ましい発展を成し遂げた。
2.フランスのTGVも自在且つ快適にスピード走行する。パリ~ニースの距離は、東京~博多間とそれほど違わないと思うが如何だろうか?ただTGVはマルセイユを過ぎると、普通列車並の実にゆったりしたスピードでニースまで走行する。入り組んだ海岸線に沿った線路には直線部分が少ないから速く走れないのだろうか。いや、乗客に右側車窓に広がる地中海コートダジュールの景観をゆっくり観てほしいという仏国鉄(SNCFという)のおもてなし配慮なのかもしれない。いずれにしても、マルセイユ~ニース間にある、トゥーロン・サントロペ・カンヌ等の各駅近くには、「ぶらり途中下車」したくなるような美しい海と港町がたくさん出没した。

TGVと仏蘭西の駅
今回の仏国内の旅の足として大変お世話になったTGVについてここで少々触れておきたい。(ロンドン~パリのユーロスターもTGV方式の列車であったが、先に“パリ入城”で快適な旅に言及したのでここでは除外することにする)。
結局40日間に10往復・20回TGVを利用した。日本を出発する時にはTGVでは7ヶ所への移動を計画し、仏国鉄限定の7日間の乗車券パスと其々のTGV座席の予約を日本で済ました。それでも今回のようにパリに着いてから思い立って行きたくなった4か所に関しては、出発時刻が概ね早い当日の朝では座席確保が不安なので、特別に予定を組んでない日に早起きして、乗車券と座席予約を駅のカウンターで直接行った。また地方のローカル列車(TERという)は、現地の乗車時刻も定まらないので、地方駅で該当区間のみの普通車乗車券を買うことが多かった。その際無時に購入できるかどうか不安である。僕はフランスに限らないが言語が違うEUの旅では、何時も駅に備えてある時刻表を繰って調べたら出発時刻と行先駅名を書いたメモ紙とクレジットカードを予め用意してから地方駅のチケット・カウンターに行った。最初無事に買えてからの2回目以降は(何となく現地の人と上手く喋れたようで)チケットを買うのも楽しかった。無論、“開口の挨拶、どうぞ宜しく、有難う”の3点基本マナーの言葉は、フランス語で何時でも言えるようにしておく。そして最後は英語で何とかなるさと開き直っては、極力フランス語を喋る努力をした。逆に日本でのケースを想定すれば分かることだが、「一生懸命日本語を喋ろうとする外国人には、こちらも何とか役に立ちたい気持ちで応える」ものである。
因みにTGVを使った11ヶ所の行先を日程順に挙げれば、ユーロスターに始まり、ボルドー、トゥール、アヴィニョン、ランス(Lens)、ストラスブール、ランス(Reims)、ニース、マルセイユ、レンヌ、ルーアンである。このうち新ルーブル美術館があるLens(パリの北西部)と歴代国王の戴冠式で有名な大聖堂で有名なReims(北東部シャンパーニュ地方)は、日本語では共に“ランス”と表記発音するが、仏語のスペルが違うから発音も当然違うのであろう。僕にはその違いは全く分からない。「外国の地で間違いなく切符を買う時は必ず筆談を用いるべし」である。そして無事買えた最後に“Merci beaucoup !”と微笑むことを忘れないでほしい。
さてTGVと日本の新幹線とにおいて、スピードや諸外国での導入状況などの比較がとかく話題になる。最高速度云々のみならず後進国の高速鉄道導入時には(政治的背景も絡んで)特段の話題になっている。僕なりの経験で述べれば、両者共に良い列車となる。元々TGVと新幹線は開発技術指向が違うのであるが、そうさせたのは日仏の国土が地勢学的に全く異なるからである。例えばフランスは日本の1.8倍の面積があって且つ山岳地帯は僅か25%(つまり平坦地は75%。日本は真逆で75%が山岳地帯、25%が平坦地)更に人口は1/2なのである。しかも地震が少ない強固な地盤が国土を支えているとくれば、高速鉄道の技術指向が違って当然である。つまりフランスは在来線と同じレールを活用して、先頭・後尾に強力モーターを搭載した動力機関車を連結して全体が一体型の乗客車両を引っ張るのである。単純だからコストも安い。
一方我が日本国は、民家が多い場所に専用高架を敷き、曲がりくねった路線や騒音対策も考慮した全車両に動力を装備した。複雑だからコストも高い。
従って狭くて起伏が大きい日本型地形の国(例えば台湾やイタリア)では新幹線方式が採用されたが、広くて平坦地が多い国土の中国・韓国・(多分アメリカも)においては、高い建設費用(それと外交問題も絡んで)がネックの一つになって売り込みに苦労するのではないだろうか。ただ乗り物で一番重要な安全性と言う観点では、狭い国土で一度に沢山の乗客を安全に運んできた長年の実績が示しているように、日本の安全運行システム(ソフト部分)技術は世界でも群を抜いているそうである。各国とも日本の高い運行管理システム技術の部分を既に導入していると聞く。なおTGVグリーン車内は、4人(一部は2人)で対面して向かい合う席と1人席(方向は半々に固定)の両方が備えてある。つまり横に3(左右2+1)列の席が並んでいる。従って日本の4列(左右2+2)僕は外国では特に他人に気を使うのは嫌なので予約時に先ず1人席を希望するが、シートの横幅はTGVの方が広いように感じる。快適な車内空間を確保している点では甲乙つけがたい。ただ仏国内運行のTGVには、日本のグリーンアテンダントのような細かいおもてなし業務をする人はいない。
最後にこれは動力車を前後だけに接続して在来線を突っ走るTGVが故に、旅行者が乗車時に注意しなければならないことがある。それは駅に着いたら先ず自分が乗るTGVの(時刻は勿論だが)出発ホームナンバーをよく確認することである。つまり発車直前まで出発ホームが提示されないのである。日本では新幹線専用改札・ホームが決まっていて整然とホームに導かれるが、先述したようにTGVは動力機関車を付け替えれば、どこのホームからでもTGVとして運行できるのである。ニース行きTGVや国際列車は2階建て車両があったり、スナック等の特別車両が編成されているので、事前に豪華客車に機関車を仕立てて入線してくるが、乗客車両部分を共用して走る地方へ向かうTGVなどでは、出発直前に先頭の動力機関車を付け足して運行することが多々あるらしい。その結果駅中央の表示板に発車ホームを表示することが、発車直前までずれ込むことが多いようである。
日本(特に専用ホームが決められた新幹線)では改札したら、明示されている行先別ホームへ向かって電車に乗り込むだけなので人の流れも整然としている。一方フランスには先述したような発車事情(正確には機関車事情)もあって、日本のような改札口がそもそも無い。駅構内を誰でも自由に歩いている。そして多くの人が出発掲示板前に集まって出発番線を確認しているわけだが、そこには旅行者以外にも色々な国の人が色々な格好で歩いている。広い駅構内では犬を連れているフランス美人をよく見かたりするので、人混みを観ていても飽きることがない。仏蘭西の駅は人間観察するのに大変面白いところである。いろんな人生ドラマガ駅で生まれるのであろう、映画の舞台やロケ地にもなるわけである。
なお改札はないが、各ホームの入り口部分に黄色い入札器が数台置いてある。旅行者は乗車前に自分の切符をいれて必ずバリデーション(切符の使用開始日を刻印する)をする必要がある。怠ると罰金と聞くが、僕は最初に乗ったボルドー行のTGV車内で検札時に仏蘭西語で「このペンで自筆しなさい」(ジェスチャーで分かった)と親切な車掌さんがいた。
長くなって恐縮だが、僕の経験で申し添えなければならないことを一言。フランスど真ん中のパリ市内からTGVで出掛けるのに、4つの違う駅があるので注意したい。パリ北駅(ノール)・東駅(エス)・リヨン駅・モンパルナス駅である。地図で4つの駅の位置関係を眺めたら自ずと、TGVの行き先がすぐ分かる。合理的に設置してあるのだが最初は少し戸惑う。僕は地下鉄で無事駅に辿りつくために、最初は前日に予行演習をした。もし当日朝乗車駅を間違ったら予約列車にまず間に合わないので気を付けられたい。

写真の説明
①.13:26分に着いたニース駅の反対ホームに停車していた普通列車(TER)機関車両側面の写真である。マルセイユ駅にも停車していた。写真を持ち帰って初めてRegion PACA(パカ地域圏)の存在を知った。因みに仏蘭西には「101の県と22の地域圏」があるので、日本の「47の都道府県と9地方」と比べれば一見多いように感じるが、国土面積が日本の1.8倍あることからして、まあ妥当な数といえそうである。(なおフランス国の人口は66百万人なので、結果人口密度は日本の1/3程度しかない。TGV車両方式が発展した背景の1つである)。
②.なにぶんニースに2時間しか滞在できないので、先ず駅からタクシーで城址公園まで行くことにしたが、想定以上の大渋滞だった。オペラハウス手前の“マセナ広場”というところで降りて500mほど歩いてやっと海岸通り(イギリス通りという)に出たところで撮った写真。正面の小高い丘がこれから行きたい城址公園、左の壁はマーケットの店の裏側、右はイギリス通りを渡ったら地中海のビーチである。
③.公園に遊歩道を歩いて登るには時間も体力もなかった。無料のエレベーターが麓から3分で山頂まで連れて行ってくれる。エレベーターを降りて時計を見たらもう14時を回っている。50m程行ったところにニース海岸を一望できる展望台があった。ニースの海岸をバックにして(少し気恥ずかしかったが、近くの人に頼むのも面倒で結局何時も持ち歩いている自撮り棒で)撮った写真。先ほどの“イギリス海岸通り”を画面左奥の方に走れば、海岸突端にコートダジュール空港がある。飛行機だとパリから1時間半で、「パカのニース」に着く。更にマルセイユ方面に車で1時間も走れば、映画祭で有名なカンヌである。
④.今度は③の反対側からモナコ方面を臨めれば真下にニース港がある。地中海の大型クルーズ船が停泊していた。この港からナポレオン生誕の仏領コルシカ(Corse)島に定期便が出ているが、島自体はイタリアからが断然近い。
⑤.城址公園からの展望は30分ほどで切り上げて、再度エレベーターで下山した。写真のニース中心街のマーケットまで歩いて15分である。地中海の花や野菜が色取り取りに並んでカラフルな市場である。市場の真ん中は露店が並んでいるが、左側にも店があって店前に出したパラソルの下で沢山の人が昼間からビールを飲んで談笑していた。僕もやりたかったが時間が無い。マーケットを出たのはもう15時を過ぎていた。
⑥. パリに戻る最終TGVはニース駅15:34発だったので、マーケットから僕の足で歩いていては間に合わないことが確実である。最後の手段はニース市内を巡回しているトラムである。駅方向にメドを付けて、来た電車に急いで飛び乗った。乗客に「スタシオン?」と聞いたら、美人が微笑んで頷いてくれた。ところがニース駅前で降車する段になって、乗車してからお金を払ってないことに気付いた。支払方法も直ぐに分からず、最後は黙って無賃乗車をしてしまった。確信犯である。急いでいたとはいえ、帰路のTGVでは終始心が痛んだ。写真はタクシーに乗る前に撮ったニース駅舎である。意外に小さいけど、流石お洒落で威厳も備えている。国際的知名度に比して小さいのは、セレブ達は街のすぐ傍にある飛行場、ニース港、あるいは車で訪れる人が多いのかもしれない。そう言えばカンヌ駅も驚くほど小さい駅舎だった。やはりパリからTGVで日帰り旅行する人は殆ど居ないのではないだろうか。