参照サイト https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death
【起】札幌医大コロナ情報サイトの紹介(科学的Fact2点)
①.(人口100万人当たりコロナ死亡者累計総数国際比較より)日本は欧米諸国の1/16程度➡「コロナ死亡者過少国家・日本」➜東アジア圏特有の「Factor-X(免疫・抗体)の存在」☜(Dr.井上・Dr.上久保)
②.(時系列データより)6回の感染者数の波ごとに致死率は漸次低減している➜「自粛の繰り返しとコロナ死亡者数の減少には相関性がない」
・ウイルス感染の波毎に日本人の免役は鍛えられて「集団免疫」を積み上げてきた
・国家的危機とは、国益(=命を守る事をはじめとする国民の社会/経済活動の総和Σ)を損なうことである。それは感染者数抑制と言う「局面的危機管理」ではなく、国益を重視する「俯瞰的リスク管理」でしか成し得ない
・感染者数の増加を国家的危機と捉えて「自粛」を繰り返した日本のコロナ対応が、実は集団免疫を獲得するプロセスを逆に妨げていた!➜「感染の波〜ヒト免役の喚起〜集団免疫構築」
・当初からロックアウト(=最強自粛策)をしなかったスウェーデンは、2年後のコロナ死亡者累計数は現在EU最低で経済活動も落とさず死亡者数も少ない“コロナ対応勝利国”となった
・またある程度の集団免疫を構築できたと判断する欧米諸国はイギリスはじめ挙って規制緩和に動いて失われた国益の回復を狙っている ⇔ 元々Factor-X(免疫)に恵まれた日本は2年後も未だ「まん延防止」を繰り返しては国益を損ない続けている
・人類が持ち得る究極的コロナ対応手段は、国民一人一人の免疫・抗体の集積値の「集団免疫率のより高い構築」しかない☜(Dr.奥村ほか)
☛ 『第2類相当指定感染症・コロナ」(2020.1月施行)継続の中で、日本のCOVID-19の真の実態を示す情報公開が2年間以上滞っていることが国益を損なった最大要因
【承】コロナ対応は、Factor-Xの免役強化(boosting immunity)しかない
・20世紀に“抗・生物質”(抗菌剤)の開発で細菌類をほぼ撲滅できた人類だが、ウイルスの撲滅は今後も不可能(感染後の治療薬の開発は可能)➡人類史上ウイルス由来感染症の撲滅ができたのは種痘ワクチンの改良に拠る天然痘・牛疫のみ。 (∵細菌類の凡そ1/10の大きさのウイルス自体は生物質ではない単なる物質で、ヒトを含む他の寄宿生物の細胞代謝機構を借りて初めて子孫のウイルスをつくることができる生物となる。地球はウイルスに溢れている!)
➜コロナ対応の鍵は自粛を繰り返すことではない。一人一人の自助努力である免役強化(Boosting Immunity)するしかない。
・免役強化には以下A・Bの2通りがある。
A=ワクチン接種(Vaccine Boosting)(2021.6月のコーンウォールG7で宣言)
B=自然暴露(Natural Boosting)➜「感染予防と経済活動の両立策」
・(再掲)無症状者を含むPCR検査陽性者数の増減をコントロールしようとする「局面的な危機管理」ではなく「俯瞰的な国益重視のリスク管理」が必要(国益=生命の維持はじめ社会/経済活動の総和Σ)
・リスク管理上の国難とは、「無症状者も含む感染者数の増減ではなく死亡者数の増加」
・①・②より日本人のアドバンテージである集団免疫構築度合(コロナ難感染国家度合い)に基づいて「自粛➡規制緩和」に軸足移動
・日本と違って元々コロナ免疫が少なくて毒性(病理特性)が強く現れた欧米諸国では、感染当初よりAのワクチン対応戦略を採るしかなかった。
・発生後半年という最速開発したのが遺伝子工学やバイオ技術を駆使したmRNA型ワクチンで、その効果は世界中で多大な成果を上げている。(ただその評価は次世代以降に委ねるしかない)
・①・②から、日本人は国際比較上“免役アドバンテージ”を感染当初から持っていたので、“A+Bの日本独自のコロナ対応”を取ることができたはずである➜「感染予防と経済活動の両立策」を日本は世界に先駆けて実行して国益棄損を防げた
・自粛の繰り返しする事はBで免役喚起する上では逆効果に働くばかりでなく逆に家庭内感染が急増した
・なお交差免疫(≒抗体の多様性)の解明は、Dr.利根川進(分子生物学・免疫学)のノーベル賞授賞理由で、彼の研究は20世紀の感染症学的アプローチを超越する21世紀型の免疫学的アプローチと言える
☛ 『ウイルス由来感染症に対しては、20世紀型(撲滅の感染症学的対応)対応は限界、21世紀型(共生の免役学的対応)の可能性に期待』
【転】COVUD-19対応は、自然(ウイルス感染)とロゴス(科学技術の進歩)の狭間にある
・人類は脳活動の成果の一つであるロゴス(≒科学技術…等)の進歩で自然(感染症はじめ地震・気候変動…等々)と対峙してきた一方で、自然に従わざるを得ない現実がある。➜我々人類は、“Acceptable Risk”(受け止めざるを得ない自然災害リスク)に囲まれて地球に暮らしている
・人間の身体は意識で自在にコントロールできない所謂“自然”そのもので、(文化的影響を受けない)“ヒト”としてコロナ対応すべき
・ホモサピエンス(脳が大きい賢い人間)たる所以は、ロゴスの進歩を促す一方で“Acceptable Risk”を理解する賢さを持つことである
➜20世紀型の頭でっかち(big head)人間の限界と、ヒト(生物種としてのホモサピエンス:賢い人類)としてウイルス対応の可能性を探るのが21世紀型コロナ対応のポイント
・ウイルスの実態(ザイン.being)を知って対応(ゾルレン.should)を探る
・ウイルスの実態を知れば、人間がウイルス感染者数をゼロ化する、ウイルスを撲滅するという考えが間違っていることが分かる➜ザインなきゾルレンは必ず失敗する
・20世紀半ば電子顕微鏡で漸く確認出来て大部分が未知の世界にある“ウイルスの実態”を5点(身体内に1,000兆以上のウイルスが存在する事実、遺伝子の40%以上はウイルス、人類史上ウイルス由来の感染症を撲滅できたのは天然痘と牛疫のみ、地球歴…等々)を紹介☞ウイルスと人類は生態系を組んで持ちつ持たれつ(give and take)の関係にある。(giveとは感染症被害、takeとは免疫・抗体獲得と水平方向遺伝)
∴ウイルスとは、「共存with Coronaよりも 共生Co-Corona」の考え方に社会全体がパラダイムシフトすべし
・人類の進化はダーウィンの垂直遺伝だけではなく、ウイルスに拠る水平遺伝に負うところが大きい(例えばウイルス由来のPEG10遺伝子は胎盤形成に貢献した)
・人間のロゴス(科学技術の進化)だけで自然(ウイルス)をコントロールできない☞“Acceptable Risk”(人類として受け止め得るリスク)に囲まれてこの地球に暮らしている現実を覚悟することである
・行き過ぎた「脳化社会」に慣れ暮らしている人類は自然の実態を看過し過ぎている☜コロナの発生は、経済的欲望が優先して「人類が自然に対して必要な“社会的距離”を置かなかったことが一因でもある
【結び】脳が大きなホモサピエンス(=人間とヒト)
・ホモサピエンス(直立姿勢を完成した脳が大きな人類:賢い人類)の賢さの第一は「ロゴス(科学技術の進歩)を促すこと」、第二は「自然に対するロゴスの限界を弁えること」である。世紀を重ねるにつけ前者の限界と後者の可能性が問われている。
・17世紀の「機械論的世界観」(=人間が自然をコントロールして凌駕スル)が芽生えた。☛「自然の操作的支配」(哲学者ベーコン)、「機械論的非人間化」(〃デカルト)、「自然は数字で書かれた書物」(科学者ガリレイ)、「量子論的機械論」(〃ニュートン)
・この「機械論的背世界観」はやがて18~19世紀の“産業革命”へ繋がって、目に見える実利面で人類に多大な貢献を齎した。
・(2つの世界大戦とナチの台頭に象徴される)「撲滅の20世紀」は終わった☞21世紀は、周囲(自然や他者)に対するbig-head(自惚れ)よりrespect(相互敬愛)を持つことが大切☜(ソ連のウクライナ侵攻)
・人間の幸福感は実利では得られない内面的満足感を自然に従うことで得られることを知っている。
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・同時にロゴス偏重の世界観は20世紀のbig-head(自惚れ)へ繋がった「目前の不要なモノを撲滅する」行動に走って、二つの世界大戦とナチのホロコーストを生んだ。撲滅の時代は20世紀で終焉させることである。
・17世紀の「機械論的世界観」のアンチテーゼ的思想が18世紀のエマニュエル・カント(自然科学に基づく哲学・倫理学者)の出現である
・「ああ、いくら感嘆しても感嘆しきれないのは、天上の星の輝きと我が心の内なる道徳律」と言う言葉を残した彼の感性と主張は、21世紀に入って2度のウイルス由来パンデミック感染症を体験した我々人類の心に強く訴えてくるものがある
・極大(宇宙)と極少(ウイルス)の狭間で生きている賢いホモサピエンスが、道徳律に支えられた人間(ロゴス)として、時にヒト(生物)として21世紀を生きることを提言する。