
昭和23年6月4人兄弟の末っ子として長崎に生まれる。
左の写真は65年ほど前に撮った写真をデジタルスキャンして再生したものである。戦後の復興も充分には至らない当時は、カメラはまだ庶民の高嶺の花であった。両親は私が無事満1歳を迎えられた喜びをかたちに残さんと大奮発、近所の写真館に私を連れて記念撮影と相成ったらしい。
明治生まれの両親と戦前生まれの兄姉3人の家族5人は、末っ子の私を自由且つ鷹揚に育んでくれた。そんな家族の気持ちは「廣」という命名にも表れていると思う。「ヒー坊!」と呼ばれて、「アーイ!」と甲高い声で何度も返事をしたら、近所の人が大笑いして喜んでくれたのが、私の最も古い記憶群の一つとして脳裏に焼き付いている。サービス精神が旺盛なのは、生来のものなのか、人と一緒にいる時は基本的に明るい雰囲気がいい。
「私の履歴書」のコーナーでは、序章で人生を四季になぞらえて振り返り、今後は思いつくままに我が人生の来し方行く末を書き留めておきたい。思いつくままなので履歴書のように時系列順に並んでいないことをお許しいただきたい。