(0).自然と都市の特性比較

まず下記「自然と都市の特性比較表」をご覧いただきたい。
自然と人工の都市それぞれが持つ特性を言葉で比較対照したものだ。どちらが良い悪いの二者択一の問題ではなく、両者の良い特性を補完し合って中庸の道を選ぶのがホモサピエンスの賢い所以でもある。例えばUNが提唱するSDGsがある。持続可能性のある地球環境保護に努めなければならない。ところが、産業革命後急速に進んだ効率的且つ利便性の高い都市社会が、自然界にどんどん浸潤していって、その限界点(シンギュラリティー)を21世紀の前半に迎えたといえよう。
従って私は、人間の自然に対するモラル的な立ち位置として、
自然に対して感謝と畏敬の念を持つこと』を強く主張するものである。
以降の私の文章を読み進めて頂くうえで何度も本表に立ち返って眺めて頂きたい。そして何よりも大切なことは、効率的で利便性に優れた都市生活に溺れることなく、積極的に我が身を自然の中において、五感を働かせて自然の恵みを感じ取ることに努めることの重要性を主張する。日本には世界に類を見ない「四季折々の美しい自然」がまだ随所に残っている。
都市に住まいを構えて、塾通いで自然(花鳥風月‥等)から遠ざかって頭でっかちな親子二世代では、これからの日本を背負えるはずがないと思うのは年寄りの私ばかりではあるまい。。
最後に自然の持つ脅威の代表は、日本では特に地震だろう。自然の怖ろしさを身を持って感覚で経験した人は、座学では得られない自然に対する畏敬の念を自ずと持っている。

総じて、利便性の高い都市に定住することで自然から遠ざかり「身体性を伴う感覚」を通して脳みそに情報をインプットすること(=真の情報化)が少なくなる。今都市定住の人々は、情報化ではなく「情報処理」をしているだけである。情報処理はAI の得意技である。つまり自然=情、都市=意。合わせて『情意』といえる。自然と都市を論じることは、情意投合の話に他ならない。(2)自然と都市の特性比較にて