人が「旅・人生・幸福」という、相互に関連が深そうな三つのテーマを語るときに最初に思い起こすのが、20世紀初頭のアメリカの作家マーガレット・リー・ランベックの言葉である。『幸福とは旅の目的地ではない。旅の仕方のことである」と述べている。この言葉は人生を一つの旅に例えて、その目標や幸福についての彼女の考え方を表しているが、私は若い頃からこの言葉にどこか引っかかるものがあった.。しかしサラリーマン現役中は、旅に出る機会も少なく、実感としてこの言葉の真意が正直分からなかった。
ただ分かり始めるきっかけが44歳のときにおとずれた。勤めていた会社の本社があるロンドンに2年半ほど赴任する機会があり、その時から旅をする機会が急に増えた。家族を日本に残しての単身赴任だったので、週末をロンドンのアパートで過ごすのも勿体なくて、週末は(当時の)EC各国を2泊3日程度で40箇所以上飛び回った。日本の家族には給与が振り込まれ、海外駐在費用として現地の親会社から戴く生活費用は、すべてを旅に使い果たした。その後63歳で現役を退いてからは、少しは時間的にも余裕を生じたので、1か月単位で英国・フランス、京都、北海道/東北を中心に1か月単位の旅をして廻った。
そうして75歳、過去を振りかえることが多くなった現在、ランベック女史の言葉が漸く実感として味わい深いものとなってきたのである。そこで、本稿「3,000km車旅」を寄稿して、イギリス/ウェールズ地方とアイルランドをレンタカーで走った時のことを取り上げることにした。2016年10月に撮影した中からxx枚の写真に加えて、7年後の2023年75歳になって雑感を書き足したものである。
とにもかくにも、初日のパンクで始まった旅は、毎日が無事日本に戻れるかなと不安に駆られながらの「一所懸命」であった。あまりに沢山の出来事が凝縮された30日間(1日平均100km)のドライブは、68歳で独りで参戦した、“パリ・ダカールレースに参戦したようなものだった。心身を覚醒させるには十分過ぎた。他人様には薦められない。実際にパンクで初日を迎えて、日本で予約していた2日目以降のホテルを急遽変更したのである。しかしパンク修理を通して、1人のEngish Gentlemanと知り合いになった。今でも10月12日になれば、彼が住むトーキーの街とファミリーのことを思い起こしては元気で暮らしていることを願って日本からお祈りしている。(iPadカレンダーは便利極まる)
結局「ソフィアの昼休み」に載せるのには、帰国後7年間の日時が流れている。これには少々事情があって、1か月の山あり谷ありの海外旅行を決して忘却の彼方に追いやっていたわけではない。実は帰国した直後に40歳になる後輩を血液の癌で亡くした。さらに4か月後には、これは予想だにしなかったことだが、一度止めたはずの会社勤めという第二のサラリーマン人生が急遽始まったのである。友人のまた友人にあたる会社オーナーが60歳で急逝したのである。他人事とは思えなくて、なにも出来なないが社員の動揺を鎮めるだけでよければということで、年金生活を8年間で中断、その会社に3年間何とか奉公することが出来た時には70歳になっていた。ホッとする間もなく、COVID19ウイルス禍が世界を覆い尽くして600万人以上が亡くなった。自宅で「コロナ」に関する私見(本ブログ「コロナ」参照)を書いて時間をつぶしていたら75歳を迎えたというわけである。
本当に何が起こるか分からないのが人それぞれの人生である。死に物狂いの300km車旅から帰国してから、ゆったりと旅の思い出に浸ることさえできなかったのである。イギリスのウェールズ地方とアイルランドの旅から凡そ7年後になって漸く当時の写真に人生の思いや雑感を添えて本稿を立ち上げることが出来たのである。(色々思い起こしては、か期待していきたい書き足していくことにしている。過去を思い出すにも便利な世の中になったものだ)
さてランベックの言葉を私なりに解釈すれば、『幸福とは、探し求めたり、何かを達成したら得られるというものではない。むしろ人生の過程や、旅の途中で、知らずのうちに見つけられるものである』という考え方だといえよう。彼女の言葉には具体的には以下の3つのポイントが含まれていると個人的には解釈する。
- 幸福は達成物ではない
ランベックは、幸福が何かを達成することや物事を完了することではないと言っている。多くの人が成功や富を追求し、それを幸福の目的地と考えがちだが、彼女はそれよりも幸福を人生全体の経験や感じ方に関連付けているのである。 - 幸せは旅の途中で見つかる
彼女は、「幸福は旅の仕方のことである」と述べて、幸福は人それぞれの日常の経験や人間関係、成長、学びの中で見つかると主張している。 - 現在を重視する考え方を優先しよう
また彼女は、過去や未来の出来事にとらわれず、現在を楽しむことの重要性を強調している。つまり過去を懐かしむだけでなく、生きている今を大切にし、現在の瞬間に幸福を見つけることができるという考え方だ。人生を豊かにするためには現在の瞬間を大切にし、経験と成長を楽しむことが大切だ。つまり幸福は達成物ではなく、人生そのものの中で、年齢相応の折々に感じられる幸福がいくつも形を変えてあるということだろう。旅も全く同じである。
ところで日本には、ランベックの言葉に通じるというより、ランベックの7世紀も前に人間が生きることに関する真言を説いた禅僧がいる。
13世紀の日本の禅宗の僧侶である道元の言葉である。彼の「今を生きる」という言葉である。つまりこの言葉は、「一所懸命」の実践の一部として捉えらようが、一所懸命に何かに取り組むことは、その瞬間に完全に集中し、その瞬間を最大限に生きることを意味する。このことは正に人生の旅路そのもので、今回の3,000kmを車で走った日々のことでもある。毎日が「一所懸命」の連続で観光というのには程遠い苦難の連続であった。幸せとは、なるものではなく、感じるもの…
禅の瞑想の実践においても、一所懸命に呼吸や座禅に集中することで、心の平穏や悟りを追求するものである。つまり道元の教えは、日常生活の中で一所懸命に現在の瞬間を生きることが、真の幸福や悟りへの道であると説いている。この教えは禅宗だけでなく、広く日本の文化や思想にも影響を与えており、現代のストレスや不安に対処するための価値ある指針となっているのは確かである。
幸せを、人生や旅に例えたランベックの言葉は、ひょっとしたら彼女が禅の修行をしたのではないかという妄想に囚われてくるから不思議である。