快適な都市の暮らしに飼い慣らされた我々人類は、自然との距離どんどん遠のいていっていることに中々気付いていない。都市の浸潤である。
ただし、脳で考えたものを具体的に形にして経済発展(産業革命)につなげた功績もあれば、都市化を積み重ねて我々人類は効率的且つ快適な生活を築いてきたことは先ず大いに評価に値する。ところがその一方で、産業革命以来の都市化社会の拡大が凡そ400年間続いて人間が自然と接触する機会がどんどん少なくなっていることに気付いていない。「脳化社会・都市生活VS自然との遊離」である。人間の脳は、役に立たないと思っていることを忘れるばかりか、削除してしまう癖がある。自然への感謝を忘れてしまうばかりか、都市生活によって自然を排除するのである。自然はその反対側に位置しています都市社会を拡大して自然との遊離が確実に進んでおり、人間は年間を通して快適室温にコントロールされた住まいで季節の変化を味わうこともなく恙無く暮らしているわけだが、これはある意味で科学技術の進歩を人類の進歩と見紛う「文明の陥穽」だと言えまいか。一口で言えば、人間は自然の厳しさに触れるよりも、文明の進歩でより効率的且つ利便性の高い都市生活のほうを好むのであるが大きな忘れ物をした。
そもそもホモサピエンスは自然の世界を無くしてはイケないと私は考えている。人間の脳は自分に不都合な情報を無視して精神的より物質的メリットを優先する傾向があるようだ。自然との遊離(=都市化/脳化社会の副作用)から来るリスクとして考えられることとは・・
- 環境への負荷(⇄環境問題の出現)
都市の高密度な人口は、環境に対する負荷を増大させる。大量の廃棄物、汚染、エネルギーの過剰使用、Co2排出‥などが典型的なリスクと言える。
ただリスクと引き換えにメリットも得られるわけが、CO2の排出に関していえば、地球温暖化(2023年の夏にSDGsに取り組む国連の事務総長は、“地球の沸騰化”と表現した)に繋がることが科学的根拠を持って指摘されておりCOPでも取り上げられている。そしてSDGsやCOPの目標達成の阻害要因になっているのがGDP拡大という各国共通の経済的欲望メリットが横たわっているのが現実である。しかし冷静に考えれば、地球の持続的存続さえ危うくしてまで経済的メリットを追求することの愚かさをホモサピエンス(賢い人類)ならば知っているはずである。 - 自然の多様性の喪失(⇄生態系の破壊)
都市化によって、多くの生物の生息地が失われ、生物多様性が減少することは免れない。生態系の存続を脅かすリスクの一つである。
生態系は、生物とそれが住む環境との相互作用によって成り立っており、都市化などにより自然環境が破壊されると、生物の生息地が減少し、生物種の個体数が減少したり、絶滅したりする可能性が高まる。つまり生態系のバランスが崩れ、生態系の機能が低下したり、完全に機能しなくなるわけで、このことは大地や海の恵みを食料として授かって生きている我々人類にとって大きなリスクとなろう。食料だけでなく森林の伐採、海洋の汚染なども我々に取ってリスクであることに変わりはない。生命の引継ぎとも言っていいが、人類の長い歴史は生態系の維持と伴に成り立っていると言って間違いない。 - 心の安定とストレスの増加(⇄精神的満足や安定感の喪失)
効率的且つ利便性の高い物質的満足感に溢れた都市社会での生活である。しかしながら、どれほど自利的意識で構築された都市生活でも、自然環境に囲まれた場所で得られる心の安定は得られるものではない。逆にストレスが増えて精神的な疾患(自殺)に陥ったり、対外的暴動(暴行殺人・戦争)に走るニュースに溢れている。自然から遊離することから来るリスクと言っていいだろう。
私は自然から乖離した生活から戦争も起こると確信している。自然に接して感覚(五感)を通してしか享受できない精神的満足が失われるリスクは言葉に尽くせない。なぜならば都市化は個々人が物質的満足感を最大限に優先して「あーすればこうなる」という“意識化社会”(養老孟司は「脳化社会」というが)そのものである。物質的満足感に満たされた都市の喧騒やストレスは、心身の健康にいいわけがない。悪影響を及ぼすこと必至である。
これらは、都市化によって人間が自然から遊離することから生じるデメリットの例であるが、人々が自然とのつながりを維持したり、都市空間にも人工的な自然ゾーンを維持することで、これらのリスクに対処する方法はいろいろ考えられよう。「神宮外苑の再開発問題」が喧しいが、近所の公園にある自然はあくまでも、都市の中に人間が意識的に設けた人口のグリーンゾーンである。植樹や少しでも自然に触れる機会を積極的に作り、自然への関心を持ち続けるだけでも大いに違ってくる意味で神宮論争も結構であるが、少しでも緑地帯が増えるのであれば大きな問題はないと思っている。
大切なことは、人間の脳が意識的に作った脳化社会/都市化社会が社会全体に浸潤してきた結果、人類の自然離れが進んでいることである。ここでいう自然とは脳活動の結果人為的に作った世界以外の自然を指すことを最初に申し上げて話は進む。