(1).黒部ダムに思うこと

 

生まれて初めて「黒部ダム」(写真は2023.10/31。250段の階段を登った所にある展望台より撮影)へ行ってきた。長野県側の信濃大町から「扇沢、黒部ダム、室堂、立山駅、魚津、金沢」と自家用車で走破した。尤も途中の扇沢~立山駅間の所謂「立山・黒部アルペンンルート」は一般車の乗り入れが禁止されているので、車のキャリーサービスを使ったが、最後は金沢で呉服商を営む大学時代の友人T君を訪ねて深夜まで飲み明かした。この歳になれば今度いつ会えるか分からないが、加賀百万石の城下町の金沢の街の雰囲気は何度訪ねてもいい。今回の旅の記録と写真は別途本ブログ内の「国内旅行」の中で追って紹介することにする。

さてこの黒部ダム(富山県立山町)へ行くには、長野県側の信濃大町(標高700m)に前泊して翌朝扇沢(1433m)まで自家用車で駆け上るが、その先は電動トロリーバスに乗り換える。川端康成の「雪国」を模すれば、『トンネルを抜けるとそこは黒部ダムだった』となるが、山頂が雪に覆われた3000m級の山々が連なる立山連峰の大自然のど真ん中に、幅500m・高低差400mの黒部ダムを目にしたときの感動は生涯忘れないだろう。当時の建設技術を集めて60年前に人間が造ったダム工事では172名の尊い命の犠牲があったことを決して忘れてはならない。
このトンネル(大町トンネル)は、工事輸送路として後立山連峰中央部赤沢岳の地下を貫く約5kmのトンネルで、建設にあたり大破砕帯に遭遇するなど困難を極め、後の映画「黒部の太陽」の舞台となった。大町トンネル自体は66年前に貫通したから、ダム工事に6年を費やしたことになる。大自然に人為的にメスを入れて、トンネルとダムを作って、化石燃料と違って温暖化効果が少ない水力発電装置のダムを造ったのである。
黒部ダムは人間が自然環境を利用し、その力を引き出す水力発電という巨大な仕組みを同時に体感できる場所である。ダムは水力発電の具体的な形となり、その効果をはっきりと示した。私たちの生活を支えるエネルギーを供給するために、どれだけの努力と知識そして犠牲者(171名)が必要だったのかを物語っている。
その巨大なダム壁は、大量の水を制御し、人間の経済活動に利用するための力強さを正に表現している。つまりダムの存在は、人間が変わりゆく自然環境と調和しながら進化してきた証しでもある。それは、我々人間が自然の力を利用し、より豊かな生活を手に入れるための努力の結晶だといえよう。
その一方で、黒部ダムを訪れると、人間の手が及ばない圧倒的な自然の美しさに心を奪われる。黒部川の清らかな流れや周囲の山々の荘厳さは、ダムによる人間の力の象徴とは対照的な、自然そのものの力強さと美しさを私たちに見せてくれます。この風景は、我々人間が自然界の一部であり、そのエネルギーを尊重し、守るべきだというメッセージを強く感じた。
ダムの建設は、自然界からエネルギーを引き出すための努力であると同時に、そのプロセスで人間が直面する挑戦と困難、そしてそれに対する解決策の具体的な例でもあるが、要するに人間は自然界に対して、一定のソーシャル・ディスタンスを保つことが大切なことだろう。
我々人間が自然の力を利用し、より豊かな生活を手に入れた一つの好例が「黒部ダム」だといえよう。
ところで、本稿「自然と都市」に着手した背景には、別稿「21世紀のモラル」で、21世紀の人類のモラルの基軸には、『自然に対する尊敬と畏敬の念を持つこと』を私自身が提唱したことがある。つまり、今年2023年夏の異常な高温が続いた際に、2015年に15年計画でSDGs(持続可能な開発目標)を提唱したUN(国連)総長も、折り返し点の2023年の今夏に「地球沸騰化」と表現した。地球温暖化どころでない、沸騰化している状態である。地球を運命共同体として棲む我々人類自体が持続可能である保証はどこにもないというものである。その原因は、人類がGDP拡大を掲げて、自然環境を蔑ろにした結果がブーメランの如く環境問題として跳ね返ってきたのである。次節では人為の代表例として都市を取り上げて、『自然と都市』それぞれの特性を比較対照した表をご紹介したい。
その切っ掛けとなったのが「黒部ダム」を訪ねたことで、大変有意義な4泊5日の旅であった。
(実は4泊5日の自家用車旅は、化石燃料の最たるものの石油オイルを大量消費してきたから偉そうなことを言えないのであるが…)