(2).感覚入力⇄脳⇄意識出力

本節は人間の在り方という文脈(コンテキスト)から遊離す話ではない。
というのは、400年続いた「機械論的世界観」から「生命論的世界観」にパラダイムシフトされる中で、人間の在り方や人間とは何かを生物学的アプローチでたどるには、どうしても他の動物より圧倒的に発達した人間の脳の存在を無視するわけにはいかないのである。脳が、外部の情報をどの様に取り入れ、処理して具体的な行動に移すかという仕組みの概略だけでも理解しておくことが、人間の在り方を論じる上で必要不可欠なことに思われる。
つまり、相手を殺傷する兵器を造って戦争を繰り返すのは、他の生きものには見られない、人間の脳だけがなし得る。
とはいえ「脳科学」の分野が未だ不分明なことだらけで、例えば我々は毎日の1/3は、睡眠という無意識状態に置かれて生きている。(うちの愛猫なんぞは24時間中に16時間以上も寝て暮らして平和に暮らしている)
殆どと言っていいほど何もわかっていない、「感覚 ⇄ 意識 ⇄ 行動」の流れは、感覚(五感)でインプットした情報が、脳ミソで何らかの加工処理されて最終的には行動としてアウトプットされる仕組みを先ず説明する。AIが得意な分野であるので、聞いたら以下のように応えてくれた。

感覚の取り込み(センサリー・インプット):
感覚器官(目、耳、鼻、舌、皮膚)は、光、音、味、香り、温度など、周囲の環境から各種刺激を捉えます。これらの刺激は神経細胞の活動を引き起こし、電気的な信号に変換されます。

情報の伝送と処理:
上記で生成された電気的信号は、神経細胞(ニューロン)を介して脳へと伝達されます。視覚情報は主に視覚野、聴覚情報は聴覚野へと送られ、そこで初めて意識的な感覚として認識されます。

意志決定と行動の指示:
感覚情報は前頭葉などの高次脳機能領域へと送られ、状況に応じた判断や意志決定が行われます。例えば、危険を感じたら避けるための行動をとる、おなかがすいたら食事をとるよう指示する、などです。

行動のアウトプット:
指示された行動は、運動神経を通じて筋肉へ伝達され、手足を動かす、声を出すなど具体的な行動として現れます。

この一連の過程は、意識的な判断や学習に基づく行動だけでなく、反射的な動き(たとえば手を火から引き揚げるなど)についても適用されます。それぞれの過程で、これまでの経験や知識、感情などが情報処理に影響を与えているのは、まぎれもない事実である。

意識と感覚の特徴

戦争が、地震などと違って人災である以上は、人間の意識(=脳活動)が引き起こすモノだといえよう。「あーすればこうなる」という意識の世界だけに頼らず、自分の感覚の世界で情報処理化されたものを根拠に行動することで、戦争を無くすベクトルは強まると考える。例えば被曝を敗戦した日本国民は、世相放棄の憲法を作ったのである。戦争で肉親を亡くした人は二度と戦争を繰り返すまいと行動する。人間の意識と行動を正しく理解して、感覚で情報を仕入れる自然界に身を置けば、人間は利他的な行動を好むようにできている。これがホモサピエンス(賢い人間)たる所以である。
ところが、SNS社会(Vertual Reality)では、自分の身体性を伴う感覚で情報をinputできないばかりか、自利的な情報だけを選択しては、自己中心の主張を繰り返しては他人と衝突するのが戦争の正体である。
「あーすればこうなる」という自分の意識だけに頼って相手に接すれば、衝突するのは当然である。若い世代にもてはやされるVR(Vertual Reality:仮想現実)ゲームでは、ボタン一つで相手を抹殺できる。自己都合にマッチした情報だけで構築された意識は、戦争突入必至である。
逆説的に言えば、都市化に慣れて自然に接することが無くなれば、「あーすればこうなる」という意識の世界に生きてお互いの主張をし合えば、衝突(戦争)に帰結するのは当然である。
ホモサピエンスの賢さは、兵器を造ることよりもお互いが少しでも平和に暮らせる道を選択するだろう。同時に平和国家を築ける国家元首は、「平和とは、お互いの感情の凸凹を内在した状態である」ことをよく理解しているのである。