『戦争を始めるのはいつも一人の金持ち政治家、そして苦しむのは大多数の貧乏国民』
20世紀のこの名言はグローバリズムが進んだ21世紀の今日は直接当事国だけに留まらず国際社会全体にあてはまる。要は自然災害の地震やウイルス由来感染症と違って『戦争は人災』である。人災を少なくするためには“人間”そのものを冷静に見詰め治す必要があるようだ。軍事評論家や国際政治学者等による戦局予想や分析がメディアを賑わせているが、当事国以外の国々が自国利益を最優先して直接・間接的な参戦状態に陥っている。所謂“戦争習慣”が地球上に蔓延していくことに強い危機感を覚える。物・心両面にわたって勝者が存在しない、敗者あるのみの戦争に人類は慣れてしまってはならない。
戦争習慣の根底には我々現生人類のホモサピエンス(=賢い人間:他の生物よりも卓越したモノ創りの“技術”と他人を思いやる“心”の両面を併せ持つ賢い生物)が知らずのうちに大きな陥穽に陥ったままこの人災戦争から脱出できないでいるように思えてならない。自利を優先して利他を忘れたホモサピエンスが自らを滅ぼす武器弾薬を作り出しては、近隣国家を威嚇し続けているのが現代世界の様相である。ウクライナに限らず東アジア圏の朝鮮半島や台湾海峡にも戦争習慣の火種は尽きない。人類は本当に“賢い生き物”に進化しているのだろうか。賢くない(=バカだ)から物質的繁栄を自己称賛的に進歩として喜ぶという落とし穴に嵌っている。人類の進化と技術の進歩は別物である。
先ずはウクライナ戦争の外面を簡単に辿ろう。如何に賢くないか分かる。プーチン・ロシアの主張(Russian Propaganda)によれば、東方拡大を止めないNATO/EUへの報復、ウクライナに住む親ロシア派住民の救出、さらには「自国民の保護」という戦時には聞き慣れた常套文句を並べて始まったこの侵略戦争であるが、その実態はと言えば、「1991年の旧ソ連崩壊を機に15に分離独立した国々をもう一度本家筋(というより兄貴風を吹かせる)ロシアが束ね直して往時の大ロシアを復活させようとする所謂“失地回復戦争”」といえる。
つまり20世紀の二つの世界大戦が「国家対国家の戦争」(独ソ・日米戦争‥)であったのに対して、今回のウクライナ軍事侵攻はスラブ民族という同一民族内の「個人対個人の戦争(=兄弟喧嘩)」的な要素が極めて強い。因みに東アジア圏のボヤ火事も元をたどれば同一民族内の兄弟喧嘩である。つまりスラブ民族の歴史や地政学的観点から今回の戦争を総括すれば、『2014年に兄貴格のロシアが隣国舎弟格のウクライナのクリミア半島を違法的に吸収併合したものの国際社会からは未承認のままの8年後に今度は東部4州の親ロシア派住民の救出という自国民の保護を謳って核を翳した一方的武力侵攻』と定義できよう。要するに“ウクライナ戦争は領土を巡る暴力的なスラブ民族同士の兄弟喧嘩”と定義できよう。(2/24の軍事侵攻から10か月を経た現時点でウクライナがロシア国内を爆撃し始めている事実から判断すれば、どうやら不凍港に限らず原子炉施設・兵器製造工場‥等ウクライナ国の方がロシアより科学技術水準が元々上回っていたことに気付かされる。プーチンは国内外に向けて色々な戦争御託を並べるが、本心は自分たちより豊かなウクライナ国の失地回復に取り憑かれている孤独なバカである)
そしてこの戦争で一番問題にすべきことは、“カインとアベル”(旧約聖書)に似た兄弟喧嘩において極めて非人道的な国際法違行為を兄貴格のロシアが弟のウクライナに犯し続けていることである。足元のロシア国民も自らが動員の憂き目にあって漸くロシアの真の国力を知ると同時に“兄弟同士討ち戦争”のバカらしさに気付き始めたようだ。プーチンは軍事侵攻の正当性を今なお主張し続けるが、彼の本音はといえば、自分たちより豊かなウクライナ国のEU西側傾倒に憤懣やるかたなき思いと“失地回復願望”に取り憑かれているように思えるのは私だけではあるまい。そもそもプーチンが国際法に違反する戦犯者であることは明白で、非人道的な行為そのものを糾弾していかなければ真の平和は世界に訪れない。2022年のノーベル平和賞が人権無視のプーチン・ロシアの今回に限らない犯罪記録を蓄積し続ける団体と個人に授与されたことは大変意義あることである。今一番大切なことは戦争が人災である限り人類は戦争を抑制できるという至極単純な理屈である。本稿では人間重視の観点からウクライナ戦争を読み解くことで人類が嵌っている落とし穴から一刻も早く脱出して二度と戦争を繰り返さないというベクトルを強めていくことではないだろうか。そのためには先に述べたホモサピエンスの2つの賢さ『技術と心』のバランスを保って両極端への偏りを無くす(=中庸)道を歩むことである。私たちはバカだから繁栄できたとさえ考えたくなる昨今であるが、そんな繁栄はいらない!
本稿は何故非人道的な戦争が習慣化しやすいのか、ウクライナ戦争の外面よりもむしろ内面(=人間の本質)に焦点を当てて考えるものである。結論から述べれば、21世紀に生きる我々ホモサピエンスは「技術と心」のアンバランスから生じた陥穽(落とし穴)に陥ったまま中々脱出できないでいる。その傾向はロシア大統領の『プーチン脳』に代表されていることを断言する。
① 「機械論的世界観という陥穽」(人類の傲慢)
② 「脳化社会の浸潤という陥穽」(人類の進歩の誤解)
③ 「都市化という陥穽」(左脳的思考への偏重)
後章で説明を加えるが、いずれも相互に関係がある21世紀の人類が嵌っている落とし穴である。人災戦争が世界に蔓延るホモサピエンス自らが作りあげた社会環境と捉えていいだろう。問題は人間の自然に対する自惚れ(big -headed)な誤認識が歴史的に段々大きくなってきていることである。