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タイトル「 ソフィアの昼休み」とは直訳すれば『智の休憩タイム』である

「知識」は真実を知る学習や自らの体験から得られるが、現実に社会で生きていく各場面においては知識(what)よりも如何(how)に目前の困難を乗り越え目標をクリアーしていくかという「智恵」を活かした「行動」が求められる。知識はスマホ・iPadの類に詰まっていて文字で読むことが出来るが、知恵は人間の頭の中に詰まっていて目に見えない。そしてその智恵は人間の言葉や行動に反映される。
『頭デッカチな“愚かな知識人”よりも“飢えた知恵者”として具体的に“行動”に移す』ことを目指していきたいものである。
これとて口で言ったり書いたりするのには限界がある。本当に大切なことは言葉にならない。脳ミソにインプットするのにも、情報処理されたものを読んで学ぶ座学よりも自分自身の五感を働かせて経験を通してインプットした生きた情報が行動に結びついて役立つのである。私もいつも反省するところであるが、「知識/蘊蓄の類は鼻に付くことが多い、知恵は確り身に付くものである」
大谷選手選手は自分の身体を動かす練習を通して野球の技術を身に付けた「野球が分かっている人だ」、決して本を読んで野球の知識を知っているだけの人ではない。
分かると知るは大違い!』である。

現代はグーグル検索その他で知識の獲得は容易な時代である。極端に言えば手元のスマホやiPadは“情報・知識収納庫”(Walking Dictionary)のようなもので何処にでも持ち歩けて実に便利なモノである。記憶の量的処理はIT技術に任せておけばいい。思考力より知識の量を競う今の受験戦争においてはスマホを持ち込めばどこの大学も合格することだろう。問題は知識だけでは単なる情報処理したものに過ぎないのである。人間の脳は情報処理されたものしか扱えないという限界がある。自らが実際に体験した自分だけの情報を結び付けて自分の頭で考える(=思索する)ことが必要である。情報処理と情報化は別物である。メディアにあふれる情報処理された大洪水に溺れないで、自分にとって役立つ情報を取捨選択して自分流に処理するプロセス(=情報化)こそが『思索する』ことに相当しよう。

つまり『知識・体験で情報入力~思索して情報化(智恵の熟成)~行動で出力』の3ステップ全体が人間の脳活動である。武士も“文”の入力と“武”の出力に励んで「文武両道」を目指した。因みに「知はしる、智は物事を明らかにする意味」だというから「智」の方が「知」より頭脳の働きに多少重点を置いていることになるようだ。このブログで読まれたことが、行ったり来たりの上記プロセスの「思索」をする一つの参考となれるのならばこの上ない喜びである。

投稿した内容は決して固い話ばかりではない。私が42歳から約3年間イギリスに駐在した体験に基づく『日英の懸隔(32話)』、66歳で独りパリのアパートに40日間滞在した『仏蘭西40日間滞在記』、68歳時にレンターカーでウェールズとアイルランドの3,000kmを走破した『Wales & Ireland 3,000km車旅』。それから『私の履歴書(人生の四季)』として人生感等を綴った。今後『読書の泉』において本の要約に私見を加えて今後述べていく計画である。なおメディア情報の洪水に溺れないように、評論家の視点から離れて私独自の観点から『コロナ』(完結)と『ウクライナ戦争の本質』(継続投稿中)のコーナーを設けた。各項目を随意にクリックしてどこからでも気軽に読み始めて戴けたら有難い。昼休みにランチやお茶をする時の軽いおしゃべり程度の話ばかりである。そして是非感想ご意見を賜りたい。

最後に、表紙に掲げた写真の猫のことについて少しだけご紹介したい。写真は、『リュウ』ロシアンブルー雄猫、8歳11か月で2014.4月8日早朝に死んだ。早死であった。猫を人間扱いするつもりは毛頭ないが、“リュウ”は明治40年同日生まれの母親の誕生日に旅立ったのでペットとはいえ、母親とペットの奇縁を感じる。その半年後フランスを放浪して、そのまた半年後にこのブログを立ち上げたのもリュウと暮らした8年余の時間が忘れられないでいたからである。冒頭にリュウの1歳時の写真を載せて投稿のたびに思い出している。
(2024.4.22.記)